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朝礼のスピーチ51 (話材として)


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安田暎胤薬師寺長老の話

 
 私には一歳年上の兄がおりますけれども、二年続けて子供を産むということは、体力的に大変だったんでしょう。私が生まれてすぐに母は亡くなりました。

 そのうち、母の妹さんが嫁いで下さったんです。まぁ、お母さんの妹さんですから、血のつながりもあるし、親しみもありました。その後、父が戦争で西部ニューギニア(現在のインドネシア)へ征って、ついに帰らざる人になりました。私が小学生の時でした。

 ですから私は、今いる母の苦労を見て大きくなりました。その母の苦労・・・。朝起きたらもうご飯を炊いている。夜は夜で、私が寝る頃にはまだ夜鍋をしておる。「いったい、いつ寝てはんのかなぁ」と思うくらい、一生懸命働いて、内職をしながら私たちを育ててくれたこのお母さんのためにも、「私も立派な人間にならなあかんな」と思ったものです。

 中学生の時に、奈良のお寺、薬師寺に小僧としてまいりました。たまに母に見舞いに来てもらうと「何故、この子だけこんな苦労をさせなければならないのか」という思いで、着物の袖で涙を拭きながら帰っていった姿が、いまだに思い出されます。そうした母の苦労を見て大きくなりますと、「なんとか母を幸せにしてあげたいな」という気持ちがいつも残る訳です。

 もうずいぶん前の話になりますけれども、父親の戦死した場所に慰霊法要に参りました。その時に、母から手紙を託され、「これをその地に埋めて来てくれ」ということで預かっていきました。

 私は読まずに黙って埋めようと思っていたんですけれど、高田好胤管長が「是非、読んであげなさい」とおっしゃるので、その前で封を開けて読ませていただきました。

 長い手紙の一節の中にこういう言葉がありました。「ご安心ください。あなた様と亡き姉よりお預かりいたしました二人の息子が、誰にも恥じない立派な人間として成長してくれました。ご報告出来る最も嬉しいことであります」こう書いてありました。もう、感激といいますか、涙、涙でありました。
(安田暎胤氏は昭和13年生まれで、薬師寺管主をつとめ、現在長老)

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公開日:
最終更新日:2014/09/16

 
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